多細胞生物の一個体内の細胞は、基本的に同じDNA配列を持ちます。細胞に固有の形質を発現させるためには、細胞毎に特有の遺伝子を使いわける必要があり、それを可能にするのが「エピジェネティクス」です。エピジェネティクスとは、DNAやヒストンタンパク質に化学修飾を施して、DNA配列の変化を伴わずに遺伝子の活性状態を規定する仕組みです(図1)。その制御の中核は多くの真核生物に保存され、生殖、発生、環境応答など様々なプロセスにおいて重要な役割を果たします。

多くの生物のゲノムDNAには、生命機能に必要な遺伝子だけでなく、転移因子やウィルスなどの潜在的に有害な配列も多量に含まれます。そのため生物は、これらをきちんと見分け、それぞれに適したエピジェネティック修飾を施して、その発現を制御します。この制御機構に異常や破綻が生じれば、発生異常や癌などの疾患を誘発します。それだけ重要であるにもかかわらず、生物がゲノム内の遺伝子と有害配列をどのように見分けるのか? いつ、どの細胞で見分けるのか?外から新しく有害配列が侵入した場合はどうなる?など、今だに多くの謎が未解決のまま残されています。

私たちの研究室では、多くの生物学的イベントを司る根幹機構「エピジェネティクス」について、植物や分裂酵母を実験材料に用いて(図2)、基礎と応用の両面から、精力的に研究を展開しています。特に、生物がエピジェネティック修飾を介して遺伝子や有害配列を適切に制御する仕組みや、そうした修飾がどのように次世代へと遺伝するのか、環境変動がエピゲノムパターンに与える影響などを解明しようとしています。

加えて、こうした基礎研究の成果を軸として、人為的エピゲノム編集技術の開発にも挑戦しています。得られた新技術を、モデル生物だけでなく作物や動物細胞にも応用展開し、SDGs達成や医療技術開発にも貢献していくことを目指しています(図3)。

生物は、ゲノムDNAに潜むトランスポゾンなどの有害な配列を見つけ出し、エピジェネティック機構を使ってその発現を抑制します。しかし、その仕組みが具体的にどのようにして機能するのか、この根本的な疑問は未解決のまま謎に包まれてきました。私たちは、植物のエピゲノム修飾構築を軸に、その秘密を紐解くことを目指しています。

遺伝子内DNAメチル化は、遺伝子の内部、つまりコード領域内で起こる重要なDNAメチル化です。通常、DNAメチル化は遺伝子の抑制に関与すると考えられていますが、遺伝子内メチル化は遺伝子の抑制を担いません。多くの真核生物で遺伝子内DNAメチル化が確認されていますが、その根本的な機能については謎のまま残されています。私たちは、その機能の解明に挑んでいます。

エピジェネティクスは、生物が環境に反応し、それに対応するために重要な役割を果たします。DNAメチル化やヒストン修飾などのエピジェネティックメカニズムは、生物が環境の変化に応じて遺伝子の働きや代謝を変えるプロセスに深く関わっています。私たちは、環境変化がエピゲノムやゲノム動態にどのように影響するかを明らかにしていきます。

エピゲノム編集は、遺伝子の発現や機能を変えるために、エピジェネティックな修飾を特定の領域に導入または改変する技術です。通常の遺伝子編集技術(例:CRISPR-Cas9)は、DNAの塩基配列そのものを変化させますが、エピゲノム編集はDNAメチル化やヒストン修飾などのエピジェネティックな修飾を操作します。これにより、遺伝子の活性化や抑制、細胞の機能や挙動の変化を実現することが可能です。私たちは、植物のエピゲノム構築機構についての基礎研究成果を発展させ、エピゲノム編集技術を開発し、植物の機能改変やヒトの疾患治療などの応用に向けて、精力的に研究を展開しています。